何見て撥ねる

書きたくなったら書きます

TOEFLのことは忘れて

小学生時代に読んだ怪談の本を読みに行こう

 

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小学校に最も近い図書館に行こう。

地下鉄の中で一通りTLを遡り、Googleレビューを流し見ながら微かに残る館内の映像記憶を脳内に再現していた。

Bluetoothイヤホンからは新宝島が流れていた。せっかくの機会だし、聴覚情報を取り入れるために一旦外しておく。

誇張抜きでちょうど10年振りに足を踏み入れた建物は、さっきまで眺めていた再現映像より遥かに小さく、低く、近かった。

 

向かって左にある胸元ほどの高さしかない本棚の脇に据え付けられたプレートには、古くさい丸ゴシック体で「しぜんかがく」と書いてある。画面の中の顔馴染みがこぞって耳を塞ぐであろう言葉が頭に浮かぶ。

この棚に目を輝かせる子供が何を考えているのか、今の私にはおそらく一生わからない。

算数が得意で「理科の大学に行ってハクシゴウを取らなきゃいけない」ことだけ知ってる、将来の夢が宇宙飛行士だった頃の私に尋ねてみたいものだ。

 

ふらふらと館内を見て回る。レビューの通り文庫本や学術系の本は古いし少ない。わざわざここで読む意味は、第一志望校の学生として地元に凱旋した気分にちょっと浸れることぐらいか。つまり特に無いということだ。

「オシャレに使えるカット集」とか「イマドキ若者言葉全集」みたいな雰囲気の本に時代を感じたり、高校の日本史の先生が授業内で触れていた『逆説の日本史』を見つけてまた来ようかなとか思ったり。

狭い館内を一通り眺めてしまった。児童書の棚に戻り、目的物を探す。お爺さんが紙芝居の棚で何かを探している。紙芝居なんて単語、きょうび目にしないな。

 

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『怪談レストラン』シリーズは全然揃っておらず、かろうじて記憶のある一冊、『殺人レストラン』を手に取った。当時の私もこのセンセーショナルな題名に惹かれたのだろう。他には『化け猫レストラン』と『人形レストラン』、『幽霊列車レストラン』が好きだった。

冒頭数行を視界に入れたところで、███小学校の図書室の空気が鮮明に蘇る。

 

第1図書室は、水色のタイル床に六角形の机とオレンジ色の座面のパイプ椅子が無造作に置かれた教室。おまじないの本と理系の本と歴史マンガが並び、貸し出しカウンターから「ピッ」「ピッ」とバーコードの読取音が響く。

第2図書室は、赤と緑のフェルトカーペットが敷き詰められ、キルトの布で段ボールのような何かを覆った手作りの小さな椅子がいくつか転がっている教室。児童向け小説や錯視絵本など私の記憶における「面白い本」はほとんどこちらに置いてあり、昼休みに訪れるといつも暑苦しい光が宙を舞う埃を可視化させている。この教室は西側に位置していたのだろう。

 

『殺人レストラン』は第2図書室の窓際の白くて低い棚に、『黒魔女さんが通る!!』の近くに置いてあった。

ラミネート加工の表紙の感触が、靴下越しの毛玉まみれのカーペットの感触を、今にもぶっ壊れそうな手作り椅子の感触を、動いているんだか判らない冷たい壁面ストーブの感触を想起させる。

ざっと読み進めてみたが、中盤の話にほとんど見覚えがない。私のことだ、どうせプロローグ・エピローグとコラムと気になるタイトルの話ばかり読んでいてきちんと通読していなかったのだ。だからまたエピローグまでページを捲る。

 

この本のエピローグはアニメで有名な話らしいので、ご存知かもしれない。

 

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『平成うわさの怪談』シリーズはめちゃくちゃ揃っていた。こんなにあったんだと思った。

シリーズ三冊目『のろわれた携帯メール』は、塾や習い事をテーマとしている。この本の最後に収録された話の一節がどうしても頭から離れなくて、Twitterで検索してようやくこの大量の記憶を取り戻すことに成功したのである。

挿絵を見るやいなや「見たことある!」と感じるのだからビジュアルの記憶は恐ろしい。

 

この本の中で印象に残っている話は3つあった。

セミしぐれさんすう塾』

この本の中で唯一マンガ形式で描かれている話。筆ペンの素朴な絵柄が怪談の重く湿った雰囲気と合っていて好きだった。

『ぼくは死にます』

当時の私に「不登校」「昼夜逆転」「中学受験」「自殺」という新鮮で都会的な概念を教えてくれた話。空がすっかり暗くなった塾の帰りに自販機で買ったスポーツドリンクを飲む、という描写に強い憧れを抱いていた。

『黒い文字のうわさ』

かなりファンタジー色が強くグロテスクで、当時あまりよくわかっていないながら鮮烈に覚えていた話。一冊を締め括るに相応しい、得体の知れない怖さとそれを包み込む人間味に満ちたオチで圧倒された。

 

携帯も塾も私の脳にすっかり刻み込まれた状態で読んだ『のろわれた携帯メール』は、3DSと小学校を往復する生活をしていた頃と全く異なる視点で鑑賞されているだろう。読書感想文なりメモなり書き留めておけばよかった。当時の私には、事物への感想を文章の形にする発想も能力もなかった。

 

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隣の特設空間でボランティアの方が読み聞かせをしている。

私は他の人が本を読んでいても事ある毎に口を挟みたがり、クイズの本やテレビで仕入れた知識をひけらかす非常にめんどくさく理屈っぽいクソガキだった。

こうした公共施設で礼儀正しくお話を聞いている子供たちは本当にえらい。

 

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そろそろ午後勢が試験に臨む頃だ。既に爆死した者達の怨嗟のツイートで盛況しているであろうTLが追いきれなくなるから帰ることにした。

普段外にいる時間帯ではないのですっかり忘れていたが、14時は日差しがめっちゃ強い。画面が見づらい上、日焼けするのはインドア人間として癪なので今も昔も太陽光は嫌いだ。

Bluetoothイヤホンを装着する。